『鷲は舞い降りた』が今まで読んだ中で最高の冒険小説かもしれないので感想書く

『鷲は舞い降りた』(著:ジャック・ヒギンズ)を読みましたが、これがなかなかに面白い。

今まで読んだ冒険小説の中でも最高の1冊かもしれない。

ということで、感想書きます。

ジャック ヒギンズ (著), Jack Higgins (原著), 菊池 光 (翻訳)

 

第二次世界大戦中、イギリスの農村に宿泊予定のチャーチルをドイツの落下傘部隊が拉致しようと企てる、という内容です。

スコルツェニィのムッソリーニ救出作戦の成功によって勢いづいたヒトラーが、思い付きで言った作戦。

誰も本気にしないだろうと思っていたが、ゲシュタポ長官ハインリッヒ・ヒムラー、彼がこの作戦を真に受けてしまったために実行されることになります。

そして、タイトルにもなってる「鷲は舞い降りた」は、ドイツの落下傘部隊がイギリスへの降下に成功したことを示す暗号。

 

ちょっと世界史を学んだことのある人なら、大戦中にチャーチルがドイツに拉致されたという事実がないことを知ってるはず。

つまり、この作戦は失敗するということなのですが、失敗するというオチがわかっているにも関わらず、ついうっかり最後まで読み通してしまいました。

オチがわかっていても、それでもなお読んでしまう面白さがあります。

 

面白いと感じた理由をまず1つ挙げるなら、登場人物がカッコいいこと。

発言や態度がいちいちカッコいい。

第二次世界大戦中のドイツと言えば、ヒトラー率いるナチス政権が恐怖政治で支配していたことで有名だと思います。。

逆らえば、ゲシュタポがやって来て地下室送りにされる。

でもそんな抑圧的な状況の中で、主人公である落下傘部隊隊長クルト・シュタイナ中佐をはじめとする数々の登場人物たちは、あくまでも自分の意思を強く持っています。

上からの命令には逆らえないかもしれないけれども、その中でも自分の中の曲げられないものを持ち続ける。

そんなところが記憶に残りました。

 

例えば、ナチスやヒトラーにあまり良い印象を持っていないシュタイナは、ヒトラーについて「いずれにしても、わたしはアドルフは嫌いだ。声が大きいし、息がくさい」とまで言います。

総統に対してこれを言える人間がどれほどいるだろうか。

また、ユダヤ人虐殺を率いているSS少将ユルゲン・シュトロープとひと悶着起こしたシーンもなかなか。

「そうだ、わたしが指揮官だ」

シュタイナが鼻筋にしわをよせた。「そうではないか、と思っていた。あなたを見てわたしがなにを思い出したか、おわかりか?」

「いや、中佐。聞かせてもらいたい」

「どぶの中で時折、靴にくっつくものだ」シュタイナがいった。「暑い日にはとくに不快なものだ」

他の小説でもこういった物凄いことを言う人物はいるけど、さすがにこれはレベルが違う。

ナチス政権下のドイツで、SSの将軍に対してこんなことを普通は言えないし言わない。

そして、そのあとには「わたしは、つねづね、一目見ただけで犬畜生のような人間の見分けがつくことを、自慢にしているのだ」とまで言ってのける。

また、このセリフの直前のシーンではユダヤ人虐殺の場から1人のユダヤ人の少女を逃がしてやってるのだけれど、それも踏まえてこのシュタイナという男のカッコよさが素晴らしい。

 

シュタイナ以外だと、個人的にはこのラードルの敬礼のシーンも好き。

ヒムラーが右手を上げて、あまり気ののらないナチ式敬礼をした。「ハイル・ヒトラー!」

ラードルは、後日妻に語ったように、生涯で最高の勇気を奮って、軍隊式敬礼をキチッと行い、クルッと回れ右をして早々に部屋を出た。

ゲシュタポのトップに対してこの態度。

逆らえば家族もろともゲシュタポの犠牲になるにも関わらず、ラードルがしたこの行動は、作中で展開される反ナチス的な行動の中でも特に印象に残りました。

チャーチル拉致作戦の責任者としてヒムラーの命令を聞いている立場のラードルがこの行動を起こすのは、並大抵の度胸では難しいはず。

 

あと、殺伐とした本作に独特のユーモアで彩りを与えてくれたリーアム・デヴリンも忘れてはいけない。

「さようで」デヴリンが陽気な口調でいった。「沼地からやってきた哀れなアイルランドの水呑み百姓、それがこのわたしです、閣下」

こんな風にメチャクチャは受け答えをする理由は、彼曰く、「何事もあまりまじめに受け取ることができない悪い癖」とのこと。

「なぜ?」とラードルに問われたときの答えがこれ。

「わかっているのに聞くとは、人が悪いな、中佐。この世は、万能の神様が、頭がどうかしてるときに思いついた下手な冗談ごとに過ぎないんだ。わたしはいつも神様はその朝、たぶん二日酔いだったのだろう、と考えている。それはともかく、爆弾戦術についてなにかいっておられたが?」

どう考えてもデヴリンは狂っているとしか思えないのだけど、「頭がどうかしてるときに思いついた下手な冗談ごと」っていうのが、この作戦に対しても言えている気がする。

ヒトラーの頭がどうかしてるときに思いついた作戦がこのチャーチル拉致作戦、だからあまりまじめに受け取ってはいけない、と言っている気がしてならない。

まあ、この作戦をまじめに受け取ってるのはヒムラーだけなのだけれども。

 

この他にも、シュタイナ中佐の忠実な副官リッター・ノイマン中尉、オルガン奏者のハンス・アルトマン軍曹、鳥類をこよなく愛するヴェルナー・ブリーゲル兵長など、魅力的な登場人物多めです。

 

また、登場人物以外にも、本作がよくありがちな勧善懲悪の物語ではないってところも好きなところです。

今まで読んできた冒険小説の多くは、倒すべき悪者がいてその悪者を倒すために主人公たちが行動を起こす、というものですが、本作はそういう勧善懲悪小説とはちょっと違います。

というか、その流れで言うなら主人公たちが悪者と言っても差し支えないはず。

だって外国の首相の拉致だぜ?

でも、本作はそういった勧善懲悪の作品のように悪者を倒して何かを得る意味のある戦いではなく、シュタイナ曰く意味の無い、得るものの無い戦いです。

「親愛なるラードル、ほんとうにそう信じているのであれば、君は無類のお人よしだ。かりに成功した場合、今度の作戦でイギリスからなにが引き出せるか、教えてあげよう。ゼロだ、無だ!」

ただ、彼らは名誉のために戦います。

「ないかもしれん。あるいは、わたしが考えていることを表現するには、高尚すぎる言葉かもしれん。約束したら必ず守る、とか、いかなることがあろうと友人を助ける、といった単純なことだ。それらを合わせたものを、名誉といえないだろうか?」

意味の見出せない無謀な作戦に自身の名誉のため挑む、というのはなかなか新鮮な内容。

この点でも、他の冒険小説とは一線を画していると言えます。

ちなみに、デヴリンは冒険のために戦います。

「答えはかんたんだ。そこに冒険があるからだ。おれは、偉大なる冒険家の最後の一人なのだ」

 

とまあ、こんな感じです。

僕の技量じゃこの小説の魅力を伝えきれないのですが、これはマジで凄かった。

こんなものを読んだら、しばらくは他の冒険小説じゃ満足できそうにない。

ジャック ヒギンズ (著), Jack Higgins (原著), 菊池 光 (翻訳)