仕事というものは、ただやっとるだけではいかんらしい

f:id:soda8888:20200120202235p:plain

実際に働いてみてわかったことがあるのだけれど、これは一体仕事というものは、ただ目の前の仕事に対して働くだけではなく、やる気に満ち満ちて仕事をせんといかんらしい。

『勝手に生きろ!』という小説でも似たようなことが書かれとった。

ただ仕事をするだけではなく、その仕事に興味を持ち、しかも情熱をもってこなさなきゃならないと知ったのは、そのときが初めてだった。

まったく世の素晴らしい人達はえらく難しいことを言ってくれるもので、見かけの動作というものは多少頑張れば少しは変えられるが、翻ってその心持ちときたら、そううまくはいかん。

いや一体、これが全く変わらんのだ。

もう2年ほどこの仕事をやっとるが、その興味や情熱といったものは一向に増すことはない。

むしろ、日々の疲労でそういったものを感じることすら少なくなってきとるのかもしれん。

1日に8時間も働かされてみい、頭の中は休むこと、今日を終えて眠ることに一杯になって、そんな目標だなんだといったことなんて考えれんぞ。

仕事を終えて帰るころには、頭には頭痛が満載されとる。

そういえば、昔読んだ『1日3時間しか働かない国』という本にはこう書いてあった。

そして僕らは自らのはかりしれない価値さえも忘れてしまっていたわけなんです。僕たちは、わずかばかりの金のために、がめつい雇用主に自分を安売りしていました。しかも、そこまでして得るものは将来に対する不安と過去の傷跡としての徒労感だったんですよ。

生きるためにどうしても必要な時間を僕たちから奪い去ってしまう仕事。僕たちはそんなものをありがたいとすら思い、自分自身をどこか遠くへ置き忘れてしまったんですね。

働いとると、まるで自分が人間ではなく、あたかも仕事の機械のような気がするよ。

だのに、世の社会人というものは、やれ向上心だのやれビジョンだのと言ってきよる。

そういうのを持っとらん奴は人でなしのような扱いをしよる。

「将来どうなりたい?」と問うてくる奴がおるが、僕としては「温かい陽だまりの中でだらだらしたい」くらいしかないのだが、それじゃあいかんらしい。

もっとこう、仕事に楽しみを見つけんといかんらしい。

いつも間にか、好きなことで生きていくから、好きなことしてないなら死ね、みたいになっとる。

ビジョンに首を絞められ、頭を殴られるような社会。

まったく、社会というのは恐ろしい。

再び『勝手に生きろ!』から、これだけは書き残しておこう。

確かに、おれには大いなる野心なんてものはないが、そんな人間にだって居場所があっていいはずだ。いつも通りの貧乏クジじゃなくて。大体、どうやって楽しめってんだ?目覚ましで六時半に起きてベッドから飛び出し、服を着て、無理やり朝めしを詰め込んで、糞して小便して歯を磨いて頭をとかし、職場に飛んでく。そこでは要するに、他の誰かのために金を儲けるばっかりで、それでも働かせてもらって感謝しろ、なんて言われるんだぜ。

さて、明日も仕事だしさっさと寝よ。

 
チャールズ ブコウスキー (著), Charles Bukowski (原著), 都甲 幸治 (翻訳)
シルヴァーノ・アゴスティ (著)